アート&サイエンスコース
2017.12.29.Fri
スーパーサイエンスコース担当の竹内です。本年最後の投稿記事となります。仕事納めの昨日、専門の学会会員の諸先生を巻き込み、一大騒動が実はひっそりと進行していました。高校の一教員と生徒が、見てはならぬモノを見てしまった・・からです。調べていくと、撲滅した筈の日本住血吸虫にそっくりだったからです。マジで焦りました。「安心して年を越したい・・」と言う私の願いが叶って見事、昨日のうちに騒ぎは終息を見ました。本件の顛末は貴重な学びとなりましたので、備忘録として記します。
コトは、魚介類をその寄生虫まで含めて研究したい・・と当コースへ入学を希望する中3生のAくん(匿名)がハモの頭部を持ち込み、冬休みに骨格標本を作り出したことに端を発します。茹でて肉を除去し出しましたが、上手に取り切れません。私は博物館ではカツオブシムシを使って肉を根こそぎ食べさせる方法があることを知っていたので、手近な巻貝に食べさせてみようと提案、小型タッパーに魚肉と理科室にいる巻貝数種を放り込み、食性を観察することにしたのです。実体顕微鏡で観察すると、微小な生物が次から次へと涌いて出てきました(妖しげに吻を伸ばし、暴れまわるように遊泳するセルカリア)。
無セキツイ動物の幼生だろうと思ったのです。多毛類なども疑いましたが近年、注目のホヤの幼生なんてソックリです。しかし、観察しているうちに、①発生個体数が増え続けていくこと、②盛んに泳ぎ回って相手を探していること、③何かに吸い付きたいように吻を盛んに動かすこと、③見ている間に形態変化していくこと、④成熟が進むと、尾部が脱落すること、⑤エネルギーを使い果たすと活動停止すること・・以上の特徴から、容器に入れた巻貝の個体から発生してきた寄生虫の可能性を、次第に疑って行ったのです。
淡水産巻貝と寄生虫で検索して行くと見えてきたのが、日本住血吸虫との100年戦争でした。驚くべき事実は、田植え作業などで感染した水に触れるだけで経皮感染するという事実です。20年ほど前に、日本では撲滅宣言が出されましたが、今なお世界では似た作用機序の感染症が続いているとの記述がありました。私の脳裏に新聞報道を受ける状況が浮かび、私自身も「然るべき機関に通報しなければ・・」と考えが浮かび上がりました。が、同時に「シジミを採っている人たちも、私たちもピンピンしているよな・・」との疑義もありました。一方で、生徒には手袋着用・消毒励行を言い渡す必要があると責任感を感じました(でも、危険生物を中・高生が触れることの妥当性は説得できないよなぁ・・と思いつつ)。そして、何より自分が寄生虫に対して無知であり、科学的な認識が乏しいと否応なく自覚させられたのです。
次に私が採った行動は、寄生虫の専門家へのアクセスです。当日はまだ仕事納めの28日でしたので直ぐ、動けば何とかなるかも・・という想いでした。検索すると昨年度、フィリピンでJICAプロジェクトで日本住血吸虫症のモニタリングがされていたことを掴みました。国際共同研究拠点のリーダー役の帯広畜産大学・原虫病センターの河津信一郎教授へ画像を添えた照会メールを発信しました。河津先生は日本寄生虫学会のメーリングリストを介して会員間で回覧して戴けました。
1時間もしないで、「野生動物には寄生虫がいるのが普通です。日本人でも,寄生虫がほとんど見られなくなったのはこの50年くらいです。むしろ寄生虫がいない状態こそ異常と言えると思います」と初学者が安心できる大所高所からの見解が長谷川英男(大分大学医学部)先生から寄せられました(『絵でわかる寄生虫の世界(講談社、2016年)』の著者です)。と、同時に自然界での寄生虫の生態学を専門にされている専門家として浦部美佐子(滋賀県立大学環境科学部)先生がキーパースンであるとのご教示を戴きました。寄生虫学は、人体が関わる医学分野でありながら感染経路を辿るには理学・水産学などの生態学や宿主を取り扱った経験も求められる複合領域のようです。
回覧から2時間後には、浦部先生から「第2中間宿主である魚類を食べることによって感染するもので、セルカリアが直接人体に感染したという例はありません。ご安心いただいて大丈夫と思います。」と安全宣言が戴けました。続いて、中尾稔(旭川医大)先生には「このセルカリアがヒトに直接、経皮感染するようなことはないので、中高生の生物観察で面白い材料になるのではないでしょうか。」と逆にご提案を戴きました。さらに、浅川満彦(酪農学園大)先生には「鳥類の住血吸虫類による皮膚炎は、念のために留意のアドバイスは必要でしょうね。僕らも、鳥の材料から時々見つけています。」とご助言を戴きました。高校課程では将来、鳥類など他の分類群を扱いたいとの希望者が現れ得るので有用なご助言でした。
望外の喜びは、当サイエンスコースの取り組みをご理解戴き、浅川先生から「人材育成に期待しております。」と、中尾先生からは「学生さんと一緒に楽しく研究して下さい。(中略)寄生虫学会には残念ながら中高生の発表枠がありませんが、動物学会では中高生も演題を出しています。ぜひ、どこかの学会で学生さんにこのネタで発表させてください。もっとモチベーションが上がると思います。」との激励を戴きました。さらに、浦部先生にはお電話で試料の固定方法をご指導戴いただけでなく、(難しいノウハウがあるようで)直接、生徒へ指南も致しますとのお申し出まで頂戴しました。非常にありがたいことです。
最後に、取り次いで戴いた冒頭の河津先生からは「寄生虫学会のご専門の皆さまから的確なコメントが寄せられ大変に安心しております。学会の一員として私達の学会が皆さまのお役に立てましたことを、とても嬉しく思います。」と総括戴きました。こちらこそ仕事納めの日に、お騒がせしましたこと恐縮しますが、極めて短期間に未知な「寄生虫学の世界」へ踏み込めたことを実感しました。将来、当該生徒がお世話になるかも知れません。
最後に、なぜ巻貝から寄生虫を呼び起こしてしまったのか? コトが終ってハタと気づきました。私は骨格標本の肉を食べてくれる巻貝(遺骸に群がるモノアラガイなど候補者)がいないかを実験するために、種別に巻貝と魚肉をコンタクトする実験をしました。次の宿主候補となり得る魚肉を与えたため、貝の中に潜んでいた寄生虫を誘い出されてしまったのでしょう。
関係者の皆様、お騒がせしました。でも、こうやって寄生虫って誘い出せるんですね・・と妙に納得もしました(文責:教育デザイン室長・竹内 準一)。
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画像・上段左:ハモの肉削ぎ中のAくん(中3生)、同・上段中:食性を調べるための実験中の貝(A)、魚肉(B)、比較用の爪楊枝(C)(この実験系で偶然、セルカリアの大量放出が実体顕微鏡下で確認)、同・上段右:魚食魚ハモの鋭利な歯列(上顎の歯列が中央一列に配置)、同・下段左:寄生虫のセルカリア・ステージ*1(位相差、対物x10)、同・下段右:宿主となったカワザンショウガイ*2の感染個体(幼貝)
*1 成熟したセルカリアが次の宿主を見つけるまでに示した行動(魚肉片に付着し尾部を失う)と、ホヤの幼生が浮遊生活から固着生活へ入るまでの行動(活発に泳ぎ回った後、岩に固着し、尾部を失う)及び外部形態の類似性(広義の平行進化;系統の違う群で似たような方向の変化)に感じました。
*2 当初、同じ場所から採取したためイシマキガイの幼貝と誤認しました。が、同種の両側回遊型の行動を鑑みると、十三干潟で稚貝として見つかるのは考えにくい(浦部先生からのご指摘)ので、撮影した画像から貝類の専門家2名(大阪市立自然史博物館の石田惣学芸員、NPO法人 南港ウェットランドグループの和田太一氏)に浦部先生が鑑定を依頼し、カワザンショウガイと確定しました(日本国内からの寄生虫の感染性は報告がないそうです)。改めまして、専門家の人的ネットワークは偉大だと実感しました。
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